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思えば・・・完結
2007年06月27日 (水) | 編集 |

思えば・・・英会話のNOVAは高かった・・・・293
(なんか最近では、いけない方向で話題になっているようだけど・・・)
それでも、丸一年間、会社帰りに通いつめて、英会話が上達したかどうかは別として、
外国人慣れは、したんだわね。

(ちょっとまて、そのために即金50万・・・
おおおーーーとちょっとまて、永久脱毛に同額、支払っちゃったよ・・・
・・・・・・よかったのか?マジで?)

ついでに、海外に夢を馳せる、NOVA友達もたくさんできて、何か同類?っていう、
安心感を感じていたような気がするのは、今思えば、気のせいではないみたいだ・・・

こうして、着々と準備を積み重ね、銀行に「辞めます」の、一言を言ったときの、
気持ちのよかったことって言ったら、ないよね。
後にも先にも、あれほど潔く、美しく、退職したことはないくらいに、完璧な退職劇だったな。
(自分でも、ほれぼれしちゃうよ 414 )

そして、とうとうやってきた旅立ちの日。(えっ!そうなの?早!)
一緒に出発する30人近いボランティア集団と、成田空港で出会って、
イスラエルの物語は、起承転結の承に至るわけですね、わかるかな?
(わかんないよねー)

20歳のときに、初めて目にして、肌で感じたイスラエル。

25歳で、自分探しに目覚めて、再び降り立ったイスラエル。

そして、2000年、ノストラダムスの予言に裏切られたココロを引きずって、
(1999年には、旦那さんと子供がいて、地球の最後とともに人生を終える・・・
という、妄想劇場にはまっていた子供時代)
27歳で、3度目のイスラエルへと旅立ったのであった・・・・ジャジャジャジャーン!

ってなことで、2000年にタマタマ訪れたキブツ・ハニタが、
現在の生息地になるなんて、思いもよらなかったわけで、
紆余曲折、泣いて笑って苦悩して、今に至るわけですね。

やっぱり、人生って、わかんないよねー。
現生息地に至るまでの話は、またの機会でお話しましょう。
んんー我慢できない、もっと知りたいのーという人には(いるか、そんなやつ?)
Bananian Blue でお楽しみくださーい。

以上、思えば・・・遠くへきたもんだ、イスラエル版。
これにて、 おしまい 


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