タマとレゲブと私。 今日も元気で、生きてます。
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パッション・フルーツ
2008年05月28日 (水) | 編集 |
一年前に部屋を引越ししたときに、
タマの身を守るため・・・否、通行人の身を守るために作った柵に、
パッション・フルーツの苗を植えたのです。

よそ様の庭を見ると、塀や柵にこれでもか!といわんばかりに,
パッションフルーツが生い茂り、聞くところによると、
ほっといても、わんさかと育って、庭中がパッション・フルーツになる・・
・・・・・というではありませんか。

それはよいことを聞いた・・・・と、おじいさんはどんぶらこっ、どんぶらこっ・・・・と、
川を超え、谷を超え・・・・・・

・・・・いやいや・・・・そーじゃなくて、
とにかく、見栄えの悪い、タマ防止用の柵に、
パッション・フルーツがあっというまに生い茂る、と確信をもって、植えたのですが、
3つ植えたうちの一つはあえなく2週間で枯れはて、
残った二つは、昨年の夏に花をさかせたものの、
冬の間に「こりゃいかんわ」という状態になり、レゲブと私の思惑は夢と消えたのです。
(いったい、だれだよ、年中元気に育って、
庭がパッション・フルーツだらけになるなんていったのは)

それでも、夢は捨てきれず、2ヶ月前に十分に育った大きなパッション・フルーツを買って、
植えたのですよ(ズルしました、すみません)。
タマの散歩で、よそ様の庭に大きな実をつけている、パッション・フルーツをみて、

「家の子が、実をつける姿を見てみたいのぅー・・・、
 もしや、実をつけることがないのかのぅー・・・(子は親に似る・・・・不吉な・・)」

なんて、考えたりしていたのです。

それが、先日、見つけちゃいました。

passionfruits


実がついていたのですぅー。
もう、ヒデキ・カンゲキー、ですぅー。

ちなみに、パッション・フルーツの花って、グロいんです。

passionfruits2


これは、もしや、なにかの吉兆なのでは・・・・なんてね 





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イスラエル内務省、完結・・・
2008年05月26日 (月) | 編集 |
・・・・・・終わったのです・・・・

とうとう、あれを手に入れたのです・・・・

そう、あれです、何年にもわたって、あれのために泣かされてきた、あれです。

先日、9ヶ月間かけて準備してきた・・・・
・・・・・っていうか、全ては、最初の一ヶ月で全て終わっていてもよかったんじゃないか・・・・
・・・・・っていうくらい、無駄に時間をかけた、あれですよ、お母さん?・・・

そう、結婚してから5年の歳月をかけ、手続きをとるための無駄な9ヶ月をかけ、
あの、夢の、永続的なイスラエル滞在権を取得できたのです。

  わーい、祭りだ、祝いだ、酒もってこーーーい 

最終手続きをしてから4ヶ月、5月25日をもって、私はイスラエルの住民となったのですよ。
日本国籍は放棄しないので、イスラエル国民とはならないけれど、
住民としての身分が確立されたのですよ。
もう、毎年、内務省に滞在VISAを申請する必要もなくなったのです。

  やっぱり、祭りだ、祝いだ、酒もってこーーーい 

意外とすんなりと事がすんで、内務省を出たレゲブと私は、二人で顔を見合わせて、
「これで、本当に、終わったんだよね、本当にこれでいいんだよね・・・」
って、確認せずにはおれないほどでした・・・(ニンマリ笑いでした、二人して 

気持ち的には、放心、もしくは、脱力感って感じかな?
一つ、乗り越えたな・・って、感じもする。
ともあれ、一つのわずらわしさから、開放されました。
内務省とは、縁はきれないし、これからも何かにつけて関係はあるだろうけど、
滞在期間を気にする必要がなくなっただけでも、幸いなのですよ。

足かせ・手かせ・首かせが取り除かれた感じ・・・

その日の夕食は、レゲブとささやかな、お祝いをしました 
めでたし、めでたし・・・






イスラエルの音楽-Ha Dorbanim
2008年05月22日 (木) | 編集 |
このバンド、いわゆるコミックバンド。
バンド名の「Ha Dorbanim」とは、「ヤマアラシ」という意味で、
ちなみに、ヤマアラシとは、こんな奴です。

dorban

(これも、たまに見かけるんですぅ・・・
はじめて見たときは、でかい生き物がワサワサと動いたので、
ドッキリしたものです。この、飾り針、タマの散歩道によく落ちているんだよね。)

コメディアンも参加して(レゲブいわく、面白くない奴ら)、歌っているのですよ。
でも、このビデオクリップ、歌も楽しいし、いい所をついているんだよね。
かつてのディスコが戻ってきた・・・っていう所がね・・・
レゲブもこのクリップはお気に入りだし・・・・・
コミックバンドとしては、イケてるのです。
というわけで、どうぞ、お楽しみください。

曲名は「シュブ・ハ・ディスコ・カン(ディスコ再び)」


ハリネズミ
2008年05月17日 (土) | 編集 |
kippod1

念願のハリネズミの激写に成功 

ここに住むようになって、始めてこれを見つけたときのカンドーは、
眼が★になるほどの、衝撃的な愛のめばえでした・・・・?
夜の道端に、何か異様な黒い物体があると思い、近づいてみると、
それは、真ん丸くなって身を守っている、ハリネズミだったんだよねー。
ちなみに、ヘブライ語では「キポッド」っていうのさ。

それがかわいいのなんのって・・・・
抱きかかえて、つれて帰りたい衝動を抑えて(軍手もなかったし・・)
5分間ほど、動くのを待っていたけど、動かなかったので(そりゃ、ハリネズミにはいい迷惑)
「次に会うときは、必ず、ゲットしてやるー」
と、あきらめてから、早数年・・・

タマがハリネズミと格闘して、鼻にはりをたくさんくっつけてきたこともあったり、
(痛そうでした・・・血も出ていたし・・・)
恋焦がれても、振り向いてもらえず、一途な片思いが、
先日、ばったりと出くわしてしまったのです。

そう、彼はモソモソと夜の道を散歩しており、
モソモソ、チョコチョコと歩いていたんだよねー。
普通なら、近寄ると丸まって、動かなくなっちゃうんだけど、
この彼、近づいても気にせずに、なおかつポーズまでとってくれちゃったりして、
サービス精神旺盛な、ハリネズミ君だったのです。
kippod2


ぎゃー、かわいすぎるー

kippod3


何を隠そう(隠すつもりはないけれど)、私、ねずみ系好きだから・・・
小さくて、モソモソと動いて、かわいいんだよ、全く、こいつらは・・・
抱きかかえたいーーーの気持ちを抑えて(軍手ないし・・・)
彼のモソモソ歩きを見守りながら、彼とのひと時の時間を満喫したのでした。
(こんな環境に生まれ育ったレゲブは、私の異常なほどの興奮振りにあきれてました)

んー、哀愁漂う、後ろ姿が、たまらんっ(昇天してしまいそうな興奮の夜でした 

kippod4





レゲブの秘密のしごと
2008年05月12日 (月) | 編集 |
ちょっとしたお知らせです。

ブログ「タマレ」の本家、Bananian Blue に動画をいれてみました。
mixi 関係者にはおなじみの動画なので、しつこい・・と思われても仕方がありません・・・
「Bananian Blue」 のゴクまれな更新をチェックしてくれている方にも、
是非、レゲブの仕事をみてもらおうじゃないか・・・という企画なのです。

そう、この動画は、レゲブが精魂こめて、給料もらっている仕事中に、
こそこそと作った動画なのです。

Switzerland 2006 も Visit to Japan 2007 も、
「動画つくったから、見てー」なんてメールで送られてくるのですよ。

「音楽もサイコーだし、俺ってセンスいいなー」とか、満足気に言うのですよ。

そんな、レゲブの作品を、見ていない人は是非、見てあげてください。
ちなみに、Google Video で「regev keiko」と検索すると、大きい画像で見れます・・・
(全部、レゲブの仕事です・・・・・



イスラエル60
2008年05月07日 (水) | 編集 |
israel50


今回、大サービスで画像大きくしてみました・・・
というのも、過去の写真をスキャンしたものなので、質が悪いやら、懐かしいやら・・
(いやはや、若いねー・・・私・・)

さて、本題に入りましょう。
そうです、やってきました、イスラエル建国60周年。
たったの60年ですよー、信じられません、本当にうそのようです。
何が信じられないかって、建国50周年から、10年もたったのです(当然か・・)
そして、10年前の私が、この、泡だらけになって、ピコピコハンマーもって、
50周年を祝っているのですよ。
いやー、本当に、信じられません、あれから、10年もたってしまったなんて・・・

・・・・・・  (懐古編、頭、飛んでます)・・・・・
マリちゃん、覚えてますか?
あれは、始めてのイスラエル、そう、あれは、初めてのボランティア生活。
何もかも新鮮で、何もかも素晴らしく思えていた日々。
毎日が太陽と共に輝いていた日々 
ダイニングルームでの皿洗いも、おトイレ掃除  も、アリの這う部屋も、
何もかもが輝いて見えていた日々・・・・ああ、花のイスラエル
偶然にもそれは建国50周年を迎える年、派手にお祝いが催される年。
マリちゃん、私達は二人で首都エルサレムへ行きましたね。
50周年の派手なお祝いは、やはり、首都にいなくては味わえない・・・
この機会を逃してなるものか・・・と、鼻息荒く・・?エルサレムへ行きましたね。
エルサレム・・・ああ、エルサレム・・世界のへそ、それはエルサレム。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまあ、きりがないので、脳内劇場はこれくらいにして、
偶然に、10年前に建国50周年に居合わせたことは確かで、
それは、私にとって、本当に特別な体験だったんだよね。
町中に人があふれ、なぜだか知らないが、泡スプレーとピコピコハンマーで、
みんな超ゴキゲンで、はしゃぎまわって、泡のかけあい。
本当に楽しかった。
そのときは、イスラエルに住むなんて、考えてもいなかったはず。
(できるだけ長くいることができたらいいなぁー、くらいは考えてました、すみません)
初めてのボランティア生活、初めての海外長期滞在、初めての一人旅。
何もかもが、始めてずくしで、新鮮な毎日だった。
今でも、その頃の気持ちは忘れずに、ココロの中にしまってあるのですよ。

建国60周年を迎えるにあたって、久々にこの写真をみて、
また、ココロが熱くなってしまいました。
あそこに私はいたんだなぁー・・・と、
あそこから、すでに始まっていたんだなぁー・・・・と、
涙、ちょちょ切れもんですよ、ホント。

そんな、ノスタルジアな気分を満喫して、イスラエル建国60周年を祝おうじゃないか、
と、思うのです。
大いに盛り上がろうじゃないか、と思うのですよ。
建国記念日を祝う、親族全員参加BBQでは、恒例のすしを作り、
何はともあれ祝おうじゃないか、と、ね 

Bananian Blue 更新しました(05/03)
イスラエルの音楽-60周年記念バージョン
2008年05月05日 (月) | 編集 |
今年はイスラエル建国60周年。
盛り上がるにはちょうどいい口実ということで、あちこちで盛り上がり計画が進行中なのだが、
音楽も、もちろん盛り上がってます。
それが、これ。

60


なつかしの歌のリメイク版で、現在活躍中のアーティストが一曲ずつ手がけているのです。
全部で60曲(そりゃ、60周年ですからね)

いやー、なつかしー、この曲好きー・・・・・

・・・・・・・なんて私が言えるわけもなく、聞く曲全て、新曲に聞こえるんだけど、
レゲブから、いろいろと話を聞くと、レゲブの両親が喜ぶくらいの時代の歌があるわけです。
それらの曲が、すべて、新しくアレンジされて、人気歌手が歌っているのだから、
話題にならないわけはない。

というわけで、ラジオでも、このアレンジバージョンを聞きまくりですよ、もう。
耳について離れない曲もあり、いい曲もありで、レゲブ家族には好評です。
(ちなみに、私にも好評です)
一曲聴いてみたい方は、下記をクリックして、どれでもいいから、気に入った顔をクリックすると、
無料で聞けます。(お勧め 

http://www.orange.co.il/orangemusic60/



ショアーとは?
2008年05月02日 (金) | 編集 |
今日は、「ショアーの日」でした。

ショアー(SHOAH)とは、英語で「ホロコースト」、ナチスによるユダヤ人絶滅政策のこと。
クロード・ランズマン監督の映画「ショアー(SHOAH)」で、この言葉は広まったと思う。
9時間30分という大作だから、日本で見る機会はよほどのことがないとないだろうけど、
私の記憶では、NHKで一度放送されたことがあると思うんだよね。
(んーーー、確かな記憶はないなぁー)

レゲブが一年ほど前に、DVDを購入して、パッケージを開けることもなく、
それっきり仕舞われていたんだけど、
「今日、これを見ることなくして、ショアーを語ることなかれ」
という、レゲブの意気込みで、二人で昨日の夜は、「ショアーSHOAH」を見ました。
さすがに9時間は見ることができず、ディスク一枚だけだったけどね。

辛い・・・・・・
苦しい・・・・
ココロが痛い・・・・

もう、それ以外の言葉は出てきません。

ポーランドのある土地で、40万人のユダヤ人が殺され、そのうち、たった二人だけが生き残り、
ランズマン監督はその二人をかの土地へ連れて行こうとする。
私の心を締め付けたのは、生き残った一人の人がインタビューを受けているとき、
いつも笑顔でニコニコしながら答えているので、監督が、
「どうして、そんなに笑顔なんですか?」と訪ねると、
彼は、「みんな殺されてしまった、全ての人間が死んでしまった。(笑顔で)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かよいことって言うのは、笑っていないとないでしょう。」

彼の笑顔は、悲しいんだよね。
笑顔なのに、泣いているんだよね。
そんな、ずっと笑顔でインタビューに答えていた彼が、
友人のことを聞かれたときに、泣きだしてしまう。
ほんの一瞬なのだけど、彼の本当の気持ちが表情に表れたときに、
彼の心の奥底から消えることのない、彼の苦しみを感じて、泣いてしまった。

はじめ、私も「なぜに彼は笑っていられるのだろう?」って疑問だったんだよね。
でも、彼の崩れるように泣いた姿を見たときに、
苦しくて、悲しくて、死んでしまいたいほどに辛くて、
そんな時は、笑顔でいようって思う、そうやって耐えてきた彼の気持ちが突き刺すようにわかって、
本当に悲しかった。

ショアーを体験してきた人達だけでなく、イスラエルへ移民してきた人達の多くの人が、
自分の過去を語りたがらない。
それは、言葉で言って理解できるような、そんな簡単なものではないから、
そして、言葉にできないほどの、苦しみを背負ってきたからなのだろう。

日本で「ホロコーストの日」があることを知っている人は、いるのかな?
ヨーロッパで起きたユダヤ人絶滅政策について、日本人はどれほど知っているのかな?
何の理由もなく、ただユダヤ人だからという理由で、ガス室に送り込まれるなんて、
ユダヤ人を殺すことが生産工場化されていたなんて、(髪の毛や歯など使用されていた)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私達は忘れてはいけないのだと強く思う。
ナチスの絶対悪の行為を、そして、日本のヒロシマ・ナガサキを。
これからの世代の子供達にも、きちんと伝えていかないといけないと思う。
・・・・・そう、ココロに強く感じた日でした。
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